to_care_nurse 「働く」私。

ひとつの道のりでのキャリアアップ|正職員という選択

あなたにとって、いくつもある働き方のうちのひとつの選択が「正職員」という選択。
ともかく大事なのは情報。それも噂話じゃなくて、あなたのこれからの可能性のための。
どんなところがあるの?選択肢はどれくらいあるんだろう?
働く環境は?あなたの成長のための研修は?一緒に働く仲間は?
上司になる人はどんな人たち?お給料は?目指している方向は?雰囲気は?
大切なあなたの可能性のためなので、ともかく、できるだけ多くの情報を手にしてから選択し、キャリアアップの道のりをしっかりと歩いていってもらいたいです。

例えば、買物に行って、買ったばかりの洋服の入った紙袋を持ってウィンドウショッピングをしていたら、あ るお店の前で、「あ!こっちで買っとけばよかった…」。「もっとお店見てまわっとけば…」。
働く場所さがしでもこんな経験をしている人に何人もお会いしてきました。だから、できるだけたくさんの情報を手に入れてもらいたいんです。

遠藤雄樹さんのプロフィール 介護の仕事のはじまりは、大学を卒業したあと
介護の仕事のはじまりは、大学を卒業したあと、働きはじめた病院でのリハビリ助手兼病棟ヘルパーの仕事からでした。実は、大学4年生のときは、この仕事につくとは思ってもいませんでした。4年生のおわり頃には、一般企業に就職がきまっていたんですよ。
遠藤雄樹さん しかし、4年生のときに、1単位落としてしまって、卒業は難しかったんですけど、就職はできたんです。当時はバブルの真っ最中。「短大卒扱いにしとくから、うちで働きながら、大学卒業したらどう?卒業したら、大卒の給料に切り替えるし」って、卒業できなくても採用されてしまう、そんな時代だったんです。そんな中、僕も「卒業はできないけど就職」という形で就職したのですが、その会社の研修期間中に「なんか違うなぁ〜」と思って、1ヶ月もしないうちにその会社を辞めてしまったんです。 辞めたあと、経済学部の大学5年生として過ごしているある日、大学のアルバイトの掲示板見ていたら、病院でのリハビリ助手兼病棟ヘルパーの仕事が貼ってあったんです。そこから介護の仕事に携わるようになったんです。

もっと専門的に学びたいという思い
その病院で3年ぐらい働いたころから、「もうちょっと専門的に介護のこと学んでいきたいな…。」と思うようになっていました。その思いから、病院を辞めて、オープンをひかえたある特養に行くことにしました。その時はまだ、エタンセルさんを通して仕事さがしをするような知識がなかったんで、大阪府に直接どこの区にどんな施設があるかを聞いて、仕事さがしをしたのを覚えています。
あの時からエタンセルをもし知っていれば、そのあと全然違ったろうに、といまにしたら思います(笑)。

もっと専門的に学びたいという思い
遠藤雄樹さん その施設で働いているときに腰を痛めて、椎間板ヘルニアになり、一旦業界を離れることになってしまったんです。筋トレなどを行って腰はその後治ったのですが、離れていた時に、一時父親の会社を手伝っていました。でも、その父親の会社が段々苦しくなってきて、他の仕事を探さなければならなくなったんです。なにか目的を失ったような感じがして、色々自分なりに考えました。結局は、「介護の仕事が好きなんだなぁ」ということに気づいたんですけど、それもなんでだろうと考えたんです。だって、いろんな職業に憧れて、警官とか刑事に憧れたことだってあったんですよ。でも、深層心理では医療介護系に携わりたいって、ずっと思っていたんだろうなって。きっと、自分を大事にしてくれた、祖父と祖母の影響なんだろうと思います。祖父は脳卒中で、祖母は癌で亡くなってしまったんですが、どちらも亡くなる前の危篤状態まで、ずっと見届けたんで。死ぬ前のしんどい時に、人の心配ばっかりしているような祖父と祖母だったんですが、その他人を大切にする気持ちって、素晴らしいなぁというか、こういう人間になりたいなって思っていました。
実は、その祖母は昔、従軍看護師で、戦後は助産婦をしていたんです。その頃の祖母の写真を見て、子どもながらに「格好いいなぁ〜、自分も病院で働きたいなぁ〜」と思った頃を思い出したんです。写真の中の祖母はキリッとしていて、ナイチンゲールみたいな感じで。「なんで介護の仕事好きなんだろう」って考えたとき、そんな祖母や祖父のことも思い出したんですよね。

働く場所との出会いにめぐまれていなかった理由
遠藤雄樹さん それで、腰も治ったことだし、介護業界の仕事に復帰したんです。
そのあとは2箇所経験しました。有料老人ホームとデイサービスでした。でも、正直どちらも働く場所としては、いい出会いとは言えませんでした。経営者一族が管理職を身内で固めて、現場よりの管理職なのにまったく現場に来ない、おまけに経営状態があんまり良くない、そんな場所で働くなかで「こら、おかしいんちゃうか」という思いが強くなり、激しい対立のなかで2箇所とも辞めることになりました。この時生まれてはじめて、辞める前に内定をもらっていない状態になったんです。それまでは、次の仕事の内定をもらってから、仕事を辞めていましたから。
それには理由があったんです。
それまではどちらかというと簡単に決めすぎていたというか、働く場所って自分にとってすごく大事な場所なのに、それをしっかりと考えて働く場所さがしをちゃんとしていなかったから、いい出会いにめぐまれなかったのかなってことに気づいたんです。

自分なりの理由とエタンセルとの出会い
だから、「今回は、あんまり変なとこに簡単に決めるのは…今回こそは慎重に探さないと」と思ったのが自分なりの理由だったんです。その2箇所の経験で、働く場所さがしをちゃんとしなければいけないってことを気づかせてもらえて、それで、同じような経験はもうしたくないなと思って、2週間無職の状態が続いているときに、たまたまエタンセルさんを知ったんです。
きっかけは新聞に折り込まれている求人広告を眺めているときでした。エタンセルさんを介して、どこかの施設の、介護職員の求人広告が出ているとこに、「人材派遣会社」って書いてあったんで、「直接登録も出来るんかな」と思って電話したら、「いけます」って言われて。それがエタンセルさんとの出会いです。他にも2箇所、同じような派遣会社に「生活相談員希望」として登録してあったんですけど、その2箇所はエタンセルさんとは全然対応が違いましたね。
遠藤雄樹さんいまでもよく覚えてるんですけど、エタンセルさんの対応が非常によかった。 担当はたしか、コーディネーターの三津川さんやったと思うんですが、ものすごくきめ細やかというか、なんというか、細かいとこまで対応してくれはりましたね。
こっちもやっぱり人材派遣とかはじめてなんで、不安とかあるやないですか。でも、行ってみたら、面談では三津川さんは色々熱心にこっちの話聞いてくれるし、プランナーさんも一緒に施設に来てくれたり。かなり助かったなってほんま思うんですよ。だって、ほんまは一番気の使う条件面の話とかも、施設に方に行って、色々詰めてもらえたりとかしたんですから。

正職員という選択
結局、エタンセルさんが一緒に探してくれて、最初に受けた施設で、社長から信任もいただいて「正社員でどう?」って話があって、そこで施設長兼生活相談員として正社員になれたんですよね。もちろん、その間も他に登録していたところからも働く先の紹介ってあったんですけど、細かいニーズの対応ができていないというか、「あんだけニーズをしつこく言ったはずなのに…。」ということが結構ありましたね。
そこで働きはじめたあとも、プランナーさんも気にかけて何度か施設に様子を見にきてくれたりして、エタンセルさんには今もすごくお世話になっています。勤務開始後も、今どういう状況なのかとかを、いろいろメールさせてもらったりしてるんですよ。

遠藤雄樹さん だからこその感謝
実は、ここで働きはじめる前、働く先との出会いにめぐまれていなかったときに、離婚したんですよ。生活のすれ違いとかいろいろありましてね。僕が子どもをひきとって、いつもは両親がみてくれているんですけど、いろんな経緯がありまして…。
まぁ、そういう家庭環境なので、子どもとの時間は、僕にとってはすごく大切で。だから、今回の働く先を探すときも、かなり細かい僕なりのニーズがあったんです。それにエタンセルさんはよく理解してくれたうえで、きめ細かく対応してくれて。
この経験って、打ち込めるものがなかったら、やっぱり人間としてつぶれてしまいそうな、自分にとったらそれぐらいの事件なんですけど、その後に打ち込める仕事に出会えたっていうのは本当に救われました。良い職場に出会えて本当によかったです。そのために、僕のニーズをよく理解してくれて、きめ細かく対応してくれて、僕のために一緒にそんな場所を探してくれたエタンセルさんに、本当に感謝しているんです。

正職員という選択のために情報や選択肢を知りたい

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